10月9・10の両日、東京蒲田で行われた全国研修会で、全青司統廃合対策委員会が行った第8分科会は、近年になく非常に充実したレベルの高い分科会であったと言えよう。
おそらくこのような豪華パネラーを迎えて、これほど方向性が一致した分科会が行われる機会は、司法書士界では多くはないと思われる。
また、10日に開催された「日独裁判官物語」上映も、前日のテーマを引き継いでおり、参加した元裁判官の発言も前日のパネラーの示したものと同じ方向性を持ったものだったと考えられる。
分科会ではまず元朝日新聞解説委員の小川明雄氏の基調講演が行われた。
小川氏の解説によれば、今、日本は動乱の時を迎えている、本当に曲がり角が来ていると発言、その原因はバブル・低成長・リストラ・高齢化と少子化・冷戦の崩壊であり、これに対処する方法として、国は公共事業と軍事費を増大させ、市民が考える社会保障や教育の拡大とは違い、かえって削減していると分析している。
さらに公共事業費の1996年における先進諸国の数字を表し、日本の桁外れの多さに、会場からどよめきが起こった。その後は行政改革・官僚・中央集権と地方分権・市民サービスの低下などをテーマに現状の問題点をくわしく説明した。
小川氏の基調講演のあと、小川氏をはじめ金田誠一衆議院議員・姫野雅義吉野川シンポジウム実行委員会代表世話人・後藤英文羽幌後藤訴訟原告そして清水富美男全青司相談役をパネラーとして議論が行われたが、それは議論というよりも「そんなことが・・・」という情報交換の場となった。
金田議員は地元松前町などの登記所統廃合問題について、法務省から統廃合に反対した町長はいないと言われたそうで、官僚の情報操作に野党議員も振り回される事実を披露、さらに登記手数料についても官尊民卑の思想が現れていると語った後、完璧ではないが情報公開法はこれから市民の武器として有用だ主張した。
姫野氏は「吉野川問題」ついて、住民の近くのことが、住民の知らない間に住民が希望し、住民のためという大義名分で行われる様々な政策が、本当は住民が嫌がっているのにも関わらず行おうとしていることが契機となり、反対運動ではなく住民が自分たちで決めたいというのがこの問題の本質だと説明、また審議会というものが民意だとして政策にお墨付きを与えている現状を批判した。
清水相談役は登記所統廃合を通じて知った行政の対応について、小川・金田両氏に情報を提供し、後藤氏は自ら提起した行政訴訟を通じて、今の司法制度の欠陥の改革を提言した。
小川氏はこれらパネラーの意見を引き取った形で、日本で議員立法が提出しづらい原因・審議会における委員選出の実態を説明した上で、官僚支配が行われている原因は、官僚が政策を立案している現状で、それを評価するシステムがないこと、国民もあなた任せにしていること、日本の裁判所が市民の問いに答えず、行政の行うことに異議を唱えないことだと説明、また、規制緩和についても、規制すべきものを緩和してると批判、規制緩和と不公正取引の監視は表裏一体であるのにそれもされず、日本の規制緩和は市民にとってマイナスになっていると断言した。
その後会場から岩場訴訟原告の岩場富山会会員などの発言があった後、志津川訴訟を提起した山内宮城会会員が訴訟提起の動機について、地理的にも経済的にも不都合な、そして住民が望んだところでもない登記所に統合された。「痛いから、辛いから大きな声をあげた。例え訴訟は負けても、たくたん訴訟が起こされれば、やはりその政策はおかしいということになる」と発言して、会場から多くの拍手を得た。
翌10日は「日独裁判官物語」上映後、「自由で独立した裁判官を求める市民の会」の安部晴彦代表(元裁判官)と松尾章一事務局長(法政大学教授)が議論に参加、安部氏は違憲判決を出した自らの体験から、地位・給料・転勤などの人事権を操作しての激烈な司法統制の実態を説明、パチンコ屋に行けば赤提灯にも行く裁判官が司法統制によって市民社会から隔離されている姿を訴えた。
また、松尾氏は市民が変わらない限りドイツと同じようにはならないのではないかという問いに、日本は天皇制の存続によって、市民も官僚も昔の体質をそのまま引きずっている姿を説明、徹底的なナチス批判と反省のうえに成立したドイツの司法改革と日本の違いを明らかにした。
富来・鶴来訴訟の判決が10月8日にあった。判決はその中で、登記を受理される法的利益を認め、申請主義・出頭主義がある以上、登記を受理される利益を享受しうる場所的・時間的範囲内に登記所がなければ、登記を受理される利益が侵害されているという考えを示した。ただし、具体的な事案として、今回の統合はその利益が侵害されたとは言えないとして棄却となったが、そのような利益を否定し、門前払いを求めた国の主張は退けられたと考えられよう。
