館林で栃木会からキャラバンカーの引渡しを受けた群馬会は28日独自の横断幕とビラを持って7時30分より県庁前に集合、雨の中を本会会長他40名の同職が街頭演説をしたり、ビラの配布をしたそうである。
9時からはキャラバン隊に受けて立つと豪語した前橋地方法務局長との会談が始まり途中から加藤会長も参加した。以前の局長は話も聞かなかったそうだが、今度の局長は統廃合の担当者ということでダメの一本槍ではないので話も聞くが、引かないときは引かないタイプで手ごわい感じがしたそうだ。
法務局長が言うには、コンピュータ化の予算は確かに一庁一億円かかるらしいが、今回の統廃合はあくまで法務局・支局の強化のための集約がメインである、確かにコンピュータ化ということも否定はしない。第二の国鉄にしたくないので早い時期に手を打つ高度な行政サービスのためであるが、全部の法務局のコンピュータ化は経済的に無理である。加藤会長によればこの会談を始め愛知での会談、熊本での新聞報道を含めて全青司の主張は的を得ていたということが確認できたそうである。また局長は民行審答申は絶対に守る、そうでなければ何のための基準か。
館林については答申の出る前から統合の話があり、時間の基準で統合する予定であったが後日受入庁の移動で新答申の基準に合わなくなったため中止となったのであり、反対運動のためではないとも言っていたそうである。
キャラバン隊はその後、井伊大老を撃った鉄砲を提供したという、中居屋十兵衞の子孫の家で天ぷらを食べて、倒幕の誓いにあやかったのち、草津町へ移動した。草津町は国立大学付属病院の統廃合や水源地を潰しての自衛隊の基地建設などの問題を抱えている言わば統廃合に揺れる町でもある。
翌日は統廃合の対象になっていない町村5ケ所を廻ったが、具体化していない統廃合より行政の統廃合、すなわち町村合併の方が関心事だったようで、統廃合問題もその一環ではと考えているようだ。ある町では前に全法務が増員のお願いに来たときに議会によって否決したことがあり、また全法務が来たと思い違いをされたようだ。
安中・松井田では地元司法書士の仲介で市長・町長に会ったが保健所の統廃合問題などの方が関心があったようだ。特に安中では全青司からの知らせにすぐ法務局に確認したところ、コンピュータ庁として残すと言われたそうである。松村統廃合委員長によれば、今回は群馬会会員のみ(一部加藤会長や月報編集委員が同行)で廻ったせいか、市町村に対する印象がいまひとつだったようで、町村からは自分たちの利益のためと思われたらしい。
他会の会員が参加していればもっと対応が変わったかもしれないとは、松村氏が他のキャラバンに同行したときに受けた印象である。地元ということで顔見知りが多く、若いだけ不利だったのであろう。陳情かと言われたこともあったようでこういうときに地元のベテラン会員がいると心強いのは各地のキャラバンに同行して思うところである。
東京では9月3日加藤会長・川村事務局長・小野東京代表がキャラバンカーに乗り込み、まず新宿の東京会会長の事務所前に行ったところ会長は不在(大森の登記所の移転問題のため)、次に9月7日の統廃合シンポジウムのパネラーがいる大森へ移動、そしてお約束どうりに本局へキャラバンカーで乗り付けての登記申請といきたいところだがあいにくヒマで仕事がなかったので、地下の食堂で昼食の後法務省へ。
法務省前には本局へ行く前に一周、スピーカーから流れる加藤会長の声に警察官から注目されたが、記念写真を撮るために再度一周、法務省前でウインカーの点滅確認作業中、会長自ら道路の真ん中へ、無事に写真撮影を完了。
会長はさすがに法律家だけあって守衛に撮影の許可を取りに行ったが、敷地外なので権限なしとのこと、警官に言えばどうせだめと言われるというので、結局無許可停車。法務省・警察庁・警視庁・裁判所と並ぶ中、オウムで厳重警戒中の道路上での勇気ある交通法規違反の写真撮影が東京のキャラバンの全てを物語っている。その後キャラバンカーは日司連前を2周したが仮事務所のためか何の成果もなし、目の前の自衛隊の守衛の持つ鉄砲の方へ思わず関心がいってしまった。
最後へ行く所はどこにということで、統廃合問題についてはかなり前から発言をくりかえし、自分の町の登記所が統合されたら死守すると言明した小林誠治会員(政治連盟の有力者で東京青司協の賛助会員)の事務所を表敬訪問した。東京はどこがどこに統廃合されるのかは全く不明である。移転問題で揺れた府中は今度は三多摩の中心として周囲のいくつかの法務局を統合する可能性もあるという。9月7日東京本会の統廃合のシンポにご参加ください。(全青司役員は青森へ)
